山車「甕破り」~甕破り山車保存会

大四日市まつりの華といえば「甕破り」。日本の「からくり人形」の伝統を受け継ぐ「小山」と呼ばれるひときわ背の高い山車を守る甕破り山車保存会の皆さんにお話を伺いました。

甕破り物語

江戸、明治、大正、昭和戦前、四日市祭は「東海三大祭」の一つとして、豪華、絢爛で盛大なお祭りでした。
明治28年に登場した「甕破り」山車は西中町(現在の中町・中部の一部)の有志により建立され、昭和20年の空襲により焼失するまで、四日市祭の一翼を担ってきました。(昭和16年秋の祭礼が最後の演技でした。)
平成2年、四日市商店連合会では、人形を八代目玉屋庄兵衛に依頼し、山車は自ら制作して、「甕破り」を復元しました。その後、毎年のように修復を繰り返し、平成19年に現在の形になりました。
復元当初はお囃子を東海市本町組から録音させて頂き、それを使用していましたが、平成12年に「甕破り山車音曲(お囃子)」を完成させました。以後、毎年の祭りでは、このお囃子で演技をしています。

「甕破り」とは

中国、北宋の政治家、歴史家「司馬光」の少年時代のお話です。たくさんの子どもと遊んでいたとき、一人の子どもが水の入った大甕に落ちて、溺れそうになりました。その甕はたいへん高価なものでしたが、「甕よりも子どもの命が大切だ」と、司馬光が甕を破り、子供を救った故事があり、この物語が披露されます。
司馬光は後に皇帝から温公という爵位を受けており、この物語は「司馬温公」の甕破りの故事として有名です。

平成29年8月
大四日市まつりでの演技より
左:山車の下段のからくり人形
中央:甕の上で遊ぶ子ども
右:甕を破って助け出した場面

甕破り山車を動かすために

甕破り保存会は、四日市商店連合会の会員及び公募したメンバーで成り立っています。
人形を動かす人形師は7名で、音曲隊(お囃子方)は三味線5名、篠笛5名、打楽器4名、語り部1名で構成されています。音曲隊は甕破り山車音曲が完成した平成12年に結成されたとのことでした。
山車を動かすうえで多くの役割を果たす舵方(かじかた)は1名だそうです。山車を動かす前には、その日の安全を祈ってから出発するそうです。

問い合わせ先

甕破り山車保存会部長
大家 正之さん Tel.059-331-5415

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