まなぼうや通信

 

“デン・カン・ブー”の「大念仏」

 四郷地区の東・西日野町でお盆に行われている約700年前の鎌倉時代末期から伝わっている伝統的な行事を紹介します。昭和30年3月に四日市市無形文化財に指定された「大念仏」です。

大念仏とは
 大念仏は、8月13日に東日野列が、15日に西日野列が、大太鼓・大鉦(かね)・ほら貝で町内を練り歩く仏教的な行事です。太鼓が「デン!」と鳴り、鉦が「カン!」、さらにほら貝が「ブー!」と鳴るため、地元では、“デン・カン・ブー”と呼ばれています。太鼓は、直径2.15m・長さ3.5m・重さ260kg。鉦は、直径87.5cm・重さ220kgもあるものです。
  行事の起こりは、『虎関禅師祈念録』によると、「昔、西日野の西明寺(後の顕正寺)に仏道の修行をさまたげる悪魔(魔障)が村人を困らせていたところ、請われた京都東福寺の虎関禅師が、元享元年(1321年)2月に7日間の修法をもってこれを鎮めた。」という故事に由来します。その後、これを村人が伝承してきたと伝えられています。
  当時は、 西明寺の僧徒が同寺伝来の阿弥陀如来の絵像を先頭に立て、その他の僧侶は、鼓・鉦を打ち、ほら貝を吹いて、念仏を唱えながら7日間同寺境内を練り、さらに東日野の本覚院(西覚寺の前身)などを回っていたそうです。

 

東日野地区の大念仏の繰り出し

 


西日野地区の大念仏の繰り出し


現在の大念仏行列
 行列の先頭は、絽(ろ)の羽織を着た町内代表2人で、その後ろに 高張り提灯・幟(のぼり)旗・大太鼓・大鉦・ほら貝・笛・撞(しゅ)木の順列で行進します。この構成は当時もいまも同じです。道行の念仏は口頭念仏でなく、太鼓や鉦の打数でこれを表現しています。太鼓九打は「南無不可思議光如来」の念仏を、寺社境内での十打は「帰命尽十方無碍光如来」を表すとされています。
  8月13日の夜に東日野町の西覚寺から西日野町の顕正寺へ。15日には、西日野町の日野神社から東日野町の西覚寺まで練りこみます。
  大四日市まつりにも東日野町と西日野町が交代で参加していますので、皆さんもご覧になったことがあるかもしれませんね。

 
東日野町
 
西日野町

行事の伝承
  昔は、青年団が主になって活躍していました。最初の年は笛、二年目は鉦を担当、三年目は太鼓を担ぎました。現在は青年団組織が消滅し壮年者も手助けしています。
 鎌倉時代末期から700年もの間連綿として続いた郷土の誇るべき伝統行事を伝えるため、両町の保存会長さんは、夏休みに子ども会を通じて伝承に努力されています。

道具の伝承
  道具の伝承で重要なのは大太鼓です。使っている皮は、大変大きいために金銭的な負担が大きく、また皮自体も現在は入手困難なため、維持に神経を使います。
  特に水分が大敵なので、雨が降り始めると大急ぎで防水シートで覆います。また、胴体も修理できる方が高齢でなかなか大変と聞きました。

問い合わせ先
東日野町大念仏保存会  伊藤 貞美 Tel.059−321−2388
西日野町大念仏保存会  真弓 佳博 Tel.059−321−2211

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